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#みんなで考えよう 専門家×報道機関  「正しく恐れ、人をいたわる」社会の実現に向けて(長文記事)

 2020年5月21日に、一般社団法人日本新聞協会一般社団法人日本民間放送連盟により「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明」が公表されました。この共同声明は、同年4月24日に4名の研究者から両団体に提出された要望書を受けて設置された「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見を防ぐための合同ワーキンググループ」の議論を経てまとめられたものです。「新型コロナウイルス感染症に関する専門家有志の会」は、このワーキングループの議論に加わる機会を与えていただきました。本記事はそこでの議論を基に記事化したものです。

なお、上記の共同声明に対するコロナ専門家有志の会の見解をこちらの文書にまとめています。

「正しく恐れ、人をいたわる」社会の実現に向けて~「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見問題に関する共同声明」を受けて~(2020年5月22日)

#みんなで考えよう  専門家×報道機関

新シリーズ  #みんなで考えよう では、コロナがもたらす広い社会的影響について、みんなで考えていかなければならない問題のヒントとなる記事をお伝えしていきます。

新型コロナウイルスとの闘いが長期化するなか、偏見や差別の問題も深刻化しています。感染者やエッセンシャルワーカーに対する差別や偏見をどのように防いでいくかは、喫緊の課題と言えるでしょう。今回はこのテーマについて、各分野の専門家と報道機関(新聞・テレビ)の代表者が議論した内容をお伝えします。

 感染者や医療従事者、エッセンシャルワーカーなどへの差別や嫌がらせは、今や社会問題となっています。新聞やテレビが報道した内容を基に、不安を抱いた市民がSNSで感染者の個人情報を特定しようと試みたり、憶測やデマを交えて誤情報を拡散したりすることも多くなりました。その結果、実際に周囲から心無い言葉を浴びせられたり、学校・保育園や職場で差別的な取り扱いを受ける事例も多く確認されています。

 緊急事態宣言が解除され、慎重を期して段階的に社会経済活動が再開されたとしても、生活の中で運悪く感染してしまう人々の数は再び増えていくでしょう。感染者や感染リスクの高い職業の人々に「社会的烙印(スティグマ)」を与え、社会から排除しようとする傾向が続けば、感染者は感染の事実を報告しづらくなりますし、医療従事者は仕事を続けられなくなります。引っ越しや離職を余儀なくされる人も相次ぎ、大きな弊害を社会にもたらします。

 新型コロナウイルスを始めとする感染症は、克服を目指すばかりでなく、うまく「共存」していかねばならない相手でもあります。報道はどうすれば感染者・医療従事者への差別や偏見を防げるか、社会は感染者への寛容さをどう育てていけばいいのか。報道機関の皆さんと一緒に考えてみました。

議論のきっかけ

 感染者・医療従事者への差別や偏見が社会問題となるなか、4月28日、山中伸弥・京都大学教授ら有志の研究者が日本新聞協会と日本民間放送連盟(民放連)に新型コロナウイルスに関する報道のあり方について要望書を提出しました。

 要望書は「差別を恐れるゆえに、看護師が集団離職するなどの例もあり、医療崩壊の危険、特に地域医療における危機に拍車をかけている」と現場の状況を訴えながら、「感染者に対する差別・偏見を助長する報道の防止」「感染リスクの高い医療従事者に対する差別・偏見を助長する報道の防止」「新型コロナウイルス及び将来の新興感染症の報道に関するガイドラインの作成」「今後の新興感染症報道に関する具体的な提言」の4点を求めています。

 この要望書をきっかけとして、5月7日、「新型コロナウイルス感染症の差別・偏見を防ぐための合同ワーキンググループ」の会合に、要望署の提出者と「専門家有志の会」の一部メンバーが招かれる形で、ウェブ会議の場が設けられました。

『行動歴』報道は必要?

 新型コロナウイルスを巡る報道では、「どの感染者がいつ、どこで、誰と接触したか」に関心が集まっています。疫学的な観点からみると、こうした情報を一定程度、公開することには意味があります。その情報を知った、濃厚接触者に該当する人々には、しばらく健康に留意して過ごしてもらう必要があるからです。

 しかし、情報の公開の仕方によっては、感染者個人のプライバシーや人権を危険に晒すリスクもあります。実際に、一部の感染者に対しては、テレビやネットで「リンチ」と形容できるような凄惨なバッシングが相次いでいます。

 参加した専門家は、「報道されている感染者の行動歴のうち、疫学的に意義のある情報は少ない」と断言し、「感染は確率の問題。ゼロリスクを求めて詳細な調査や情報公開を自治体に求めても、現場が疲弊してしまう」と警告した上、「自治体も感染者の情報は慎重に公開するべき。感染者が誹謗中傷を受けたりするのを見た人々が、感染しても医療機関や保健所に相談できなくなる可能性がある」と現状を危惧した意見が出されました。

 もちろん、報道機関も早い段階から感染者のプライバシーには気を配ってきました。しかし、特にまだ感染者の少ない地方では、感染者個人が攻撃対象にされやすい状況が続いています。東北地方のブロック紙、河北新報社は、早い段階から細かい行動歴についての報道をやめた他、感染が発生した学校や病院へ直接取材に行かないようにするガイドラインを社内で策定しました。9年前の東日本大震災でデマや誹謗中傷が横行する中を取材した教訓から、プライバシーに配慮して抑制した報道を心がけているといいます。

 しかし、そもそも感染者の行動歴など個人の特定につながりうる情報が公開されていることは、ネット社会では大きな危険となります。一つの記事の情報だけでは個人を特定することができなくても、各社のニュースや自治体の公開情報、散乱するネット上の噂話を総合すると個人が類推されてしまうからです。

 専門家の一人は、「一社が抑制的に報道しても、見る人々がネット上の情報を総合すれば『どこの、どういう間取りの家に住んでいる人か』まですぐに分かる状況。プライバシーの保護は極めて難しくなっている」と現状を危惧します。この点については、報道側からも「ネットをコントロールすることはできないが、少なくとも報道内容がネットに悪い形で利用される事態は避ける必要がある」と懸念が表明されました。

院内感染

 社会の関心は新型コロナウイルスとの闘いが長期化する中、院内感染のリスクは感染症を専門的に扱う医療機関だけでなく一般の病院にも広がっています。正直に院内感染を報告したことで、医療機関に対する過度のバッシングに繋がれば現場は疲弊し、医療がますます立ち行かなくなる恐れも出てきます。

 大規模な院内感染が発生した場合、病院は地域住民や社会に必要な説明責任を果たすべきである、という点では報道側と医療関係者も一致しています。特に報道側からは、都内で大規模な院内感染が発生した病院への取材を例に「院内感染が起きた背景には、対策の不備や防護服の備蓄がないなどの要因も大きかったのも事実。そうした点は社会に広く伝えるべき」という意見も出されました。
 
 しかし、感染症以外にもさまざまな患者が出入りする医療機関では、対策に限界があるのも事実です。医療現場で防護がされていても、関係者が街中で感染する可能性もあります。専門家の一人は「感染を100%は防げない」という前提が報道や自治体には求められると指摘しました。「犯人捜し」のような報道が過度になれば、経営上の悪影響を恐れた医療機関が感染状況の検査・公表に消極的になる可能性もあるといいます。その結果、院内感染を早期に発見できなければ、大規模な感染を食い止めるのが難しくなることも懸念されます。

 一方、大規模病院で感染が発生した場合など社会的に影響が大きい場合は「報道で病院名を隠すといったことは難しい」という意見も出されました。
 
 有志の会からは、今後の課題として、高齢者向けの住宅や福祉施設などで感染が起きた場合にバッシングが起きることへの懸念が表明されました。報道側も、「感染が発生した病院からの転院を断られる」などの事態が現場で起きていることを認識しつつ、抑制的な報道に努めているといいます。

『当然の恐怖』にどう向き合うか

 新型コロナウイルスが全国に広がり、人々は「見えない恐怖」と日常的に向き合うことを強いられています。感染を恐れることは自然なことですし、一人一人が感染リスクを減らすことも重要です。しかし、それが行き過ぎれば、感染者や医療従事者の心を深く傷つけてしまうことにも繋がりかねません。
 
 参加した専門家は、院内感染について「ある程度は仕方ないもの」という認識が広まってほしいとしつつも、それが同時に「医療従事者=高リスク」という社会の認識を強めてしまうのではないかという懸念を示しました。もちろん、感染者や医療従事者への差別や偏見はあってはならないものです。

 しかし、感染リスクを恐れる人々の反応には、単に「差別」や「偏見」と割り切れない、自衛や周囲の人にうつしてはいけないという恐れに根ざした部分もあります。専門家の一人はそうした恐れを受け止める大切さも踏まえたうえで「こういう状況で、いかに医療関係者に対する社会の目を温かなものにしていくか。皆さんの知恵をお貸し頂きたい」と改めて参加者に協力を呼びかけました。

 報道側には、HIV/AIDSなどの当事者の声を報道し、差別や偏見を顕在化させ、それを解消することに貢献してきた歴史もあります。しかし、医療関係者の差別をどう防ぐかについては、医療現場がどのように苦しんでいるかを専門家が積極的にアピールしてほしいと求めた上で、「政府の呼びかけだけでは、一般の市民に意識がなかなか浸透しづらい部分もある。報道がそこを穴埋めできればと思っている」と応じました。
 
 今回は第1回のWGの内容を抜粋してお伝えしました。

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