#みんなで考えよう 専門家×報道機関 「プライバシーを守りながら安心感を取り戻していくために」(第2回意見交換会)
今回の #みんなで考えよう では、「社会が感染者のプライバシーを守りながら、どうやって安心感を取り戻していくか」をテーマに、報道機関と有識者の意見交換会の内容の一部を紹介します。前回は「正しく恐れ、人をいたわる」という観点から、感染症に関するマスメディアやSNSの情報との向き合い方を検討しました。この記事では、2020年5月15日に行われた専門家と報道関係者の2回目の意見交換会を踏まえ、前回からもう一歩踏み込んで「ネット上の個人特定」や「個人情報の公表基準」、「新しい報道のあり方」といった論点について考えていきます。
どう止める? ネット上の個人特定
前回ご紹介した通り、ニュース記事や公的機関の発表、SNSといった各情報を組み合わせて個人の勤務先や住所を追跡・特定しようとする人々は後をたちません。さらには、感染者を誹謗中傷したり、全く関係のない人をデマで攻撃をしたりするケースもありました。こうした状況が続けば、感染者がバッシングを恐れ、医療機関への相談や行動履歴の報告を躊躇することにも繋がりかねません。会合に参加した専門家の一人も「自治体の感染症調査は、保健師と患者の信頼関係の上に成り立っている。そのことに配慮した報道を心がけてほしい」と警鐘を鳴らします。
報道機関は、自治体発表より詳しい情報を独自の取材で入手することもありますが、本人の同意なしに個人の特定情報を流すことはありません。会合では、感染者へのバッシングやデマへの対策として、それらの真偽を取材で確かめるファクトチェック記事の取り組みが紹介されました。報道側の代表者は「報道内容を端緒にして個人の特定を試みる人々もいるが、我々もやめさせようと努力していることは理解してほしい。報道が差別を煽っていると思われているとしたら心外で、なんとかしていきたい」と強い懸念を示しました。
しかし、報道の仕方が意図せぬ社会的影響を及ぼすこともありました。別の専門家は、国内の感染拡大の初期段階に一部の地方紙が掲載した「感染者・濃厚接触者の相関図」を問題視します。感染者や濃厚接触者の性別や年齢、関係性などを描いた図は、SNS上、とりわけ地方で広く拡散され、なかにはそれぞれの個人情報を特定しようとする人も現れました。専門家は「あのネットワーク図はSNSで十分な『燃料』になっていた。これからは地方紙も含めて報道機関は『超えてはいけない一線』を常に考え、共通認識を持たないといけない」と指摘します。
感染者の情報 公表基準は?
報道側の代表の一人は、自治体や報道機関によって感染者情報の公表基準に大きな差がある実態を報告しました。特に、亡くなった方の在住地域や病歴、病状の変遷といった感染者情報の出し方には、同じ地方でも都道府県ごとにバラつきがあります。また、報道側も個人特定にならない範囲で取材した情報を加えて掲載する社や、自治体の発表のまま掲載する社など対応が分かれているといいます。この報道側代表者は「感染者の少ない地方では、『〇〇代の男性』という情報だけで入院中の誰が亡くなったのかが分かってしまうこともある。こうした場合にどう配慮するかは、報道機関によって対応が分かれるのが実情」と話します。
専門家の一人は、地域やコミュニティによって個人の特定に繋がる情報が違ってくる点を報道機関や自治体は考慮すべきだと述べました。「公表された情報によって本人を『特定』とまではいかなくても『推測』できる場合はどうするかという問題も、今後のプライバシー保護でかなり重要」と注意を促します。報道側の代表の一人は、この点は非常に重要な問題だとしつつも、地域によってニーズや人口が異なるからこそ、公表基準については議論をもっと重ねてから慎重に決めたい、と求めました。
新しい「報道」様式? 社会を安心させるには
緊急事態宣言が全国で解除され、経済活動が各地で再開されつつあります。一方、感染リスクが依然として残る不安のなか、人々の対立が依然にも増して顕在化する恐れもあります。そうした時に人々が正しい情報を得て安心感を得られるようにするのもメディアの重要な役割です。報道側の代表の一人は、「これまで私たちは社会に安心感を醸成する取り組みをほとんどしてこなかった。だが今回は、より良い報道のあり方を探るチャンスでもあると思う」と語ります。
今後も、病院や介護施設などでの集団感染リスクは大きいと指摘されています。要望書提出者の一人は、クラスターが起きた際の医療機関の説明責任を認めつつも、「彼らは対策をこれから作っていく段階。安易に謝罪を求めるのではなく、『対策を一緒に作っていく』という報道を心がけてほしい」と呼びかけます。それに対して、報道側は「医療機関の記者会見も簡易な形式でも構わない。ただ、人数を発表するだけではなく、地域の人々のためにも背景事情などの説明はきちんとしてほしい」と応じました。
有志の会の専門家の一人は、報道が社会に安心感をもたらす方法の一つとして「ソリューション・ジャーナリズム」を紹介しました。これはヨーロッパを中心に広がっている報道手法で、社会問題による被害だけでなく、その解決策や克服に成功した事例に注目する報道です。その例として、差別や偏見をうまく克服した地域の取り組みの紹介や、差別をする人々へのインタビューを通じて「差別がなぜ起きるのか」を読者に深く考えてもらう記事などが提案されました。専門家は「今は『新しい生活様式』の実現に向けて社会全体が努力をしている。報道機関も新しいタイプの報道を作っていく挑戦をしてほしい」と期待を述べました。
おわりに
世界規模でヒト・モノの交流が盛んになったと同時に、SARSやMARS、新型インフルエンザなど様々な感染症が人々の生活を脅かしている21世紀。いつか今回の新型コロナウイルスとの闘いが終わっても、また新たな感染症の脅威に直面する可能性はなお残っています。「感染症の恐怖とどう向き合うか」という課題は、今回限りで終わるものでは決してありません。
どうすれば他人を傷つけることなく、自分自身や大切な人の健康を守れるのか。そのためにはどんな情報が必要で、報道はそれをどうやって提供したらいいのか。社会全体で考える必要はますます高まっています。こうした報道側の代表者と専門家の意見交換会は、今後も継続的に開かれる予定です。
今回は第2回のWGの内容を抜粋してお伝えしました。
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